「罪を憎んで人を憎まず」
言葉にするのは簡単だし
一見、素晴らしいことのように思えるかもしれないが
人は神でもなければ仏でもない
自分が犯罪被害者になった時
同じことが言えるかというと
決してそうではなかろう
喜怒哀楽という感情があってこそ成り立つ
それが人間なのだ
山口県光市母子殺人事件で死刑判決が出た
犯人のクソガキの行為は
まさに鬼畜の所業と言わざるをえないものであり
どのような贖罪の言葉を並べようとも
絶対に許されるものではない
ただ
18才と1ヶ月
その1ヶ月が今までの判決過程で
死刑の判断を躊躇させたということは否定できないだろう
しかし
途中から行なった弁護方針の変更
殺人・強姦の意思はなかった
ドラえもんの四次元ポケットうんぬん・・・
さらに
甘えたかっただけとまでのたまった
もし
あのまま、形だけでも事件に対する贖罪の意思を示し
1ヶ月差という年齢を含め
情状酌量を求めれば
この死刑判決がどうなったか微妙なところだと思う
弁護士にあるまじき
被告人の利益に反する弁護方針の結果生み出された
死刑判決ではなかろうか
それにしても
本件の被害者遺族である本村洋さんは立派だ
感情を表に出しながらも
それだけを主張するだけでなk
あれだけ理路整然と説得力のある話が出来るとは
年齢は番長の方が上ですが
尊敬に値する人物であると思います
安田好弘なる弁護士
彼と本村氏とでは格が違いすぎた
人格
知性
日本人の大多数が
その全てが本村氏の方が上であったと感じているだろう
安田氏は裁判で負けたのではなく
本村氏に負けたといえるのではないでしょうか
そして
素人目からしても
あまりにも滑稽で理不尽な被害者を侮辱した弁護方針
どうすればそういう発想ができるのか
不思議でならない
最後に
弁護士もただの人間である
普通の人と少し違うという部分を探せば
司法試験合格者というだけだ
たったそれだけの者に対し
特権的地位のようなものを与えるのは
いかがなものでしょうか?
今回の裁判過程を振り返り
つくづく、そう思えた番長でした


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探偵放浪記〜玄人のひとりごと〜
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